「連立方程式」に挑むドイツ

副会長 坂井康一

1.隗より始めよ

 新型コロナウィルス感染症の世界的な蔓延は、我々の日常生活にも深刻な影響を及ぼし続けています。ワクチン接種の急拡大等により、ようやく感染者数も減少傾向となりましたが、長引くコロナ禍で景気回復もまだら模様であり、未だに閉塞感が漂っています。こうした中、当協会の活動も、昨年度はたまたま来県されたレーペル駐日大使閣下の講演会を開催するに止まりました。しかし、ずっとこのまま休眠状態というわけにもいかないので、役員会で協議した結果、新たな試みとしてペンリレー形式で会員のエッセイを連載することになりました。この言い出しっぺは私なので、僭越ながら「さかいより始め」させていただきます。

2.政権交代

 この秋、期せずして日独両国でそれぞれ政権交代が起こりました。在職16年に及んだメルケル首相の退陣を受けて行われたドイツの総選挙ではSPDが僅差で勝利しましたが、過半数には至らず、現在、連立政権樹立に向けた調整が行われています。この新体制の構築には相当時間がかかる可能性もありますが、いずれにせよ、両国とも新しいリーダーの下でどんな施策が展開されていくのか、興味深い曲がり角を迎えています。

3.バブル経済崩壊後の30年

 第2次大戦以降の歴史の一大転換点といえば、やはりバブル経済崩壊と東西冷戦構造終焉が交錯した90年代初頭でしょう。1989年11月9日のベルリンの壁崩壊を受けて、1990年10月3日には東西ドイツが統一されました。同年12月25日にはソ連が終焉を迎えます。よもや予想していなかった祖国の統一に、全てのドイツ人がまさしくベートーベン第9交響曲第4楽章のAn die Freudeの如く、歓喜に溢れたことと思います。その後、旧東ドイツ地域のてこ入れには相当時間を要したものの、ドイツは、EUの盟主としてヨーロッパ経済を引っ張り続けています。

 他方、80年代にJapan as No.1などともてはやされていた日本は、91年にバブルが崩壊し、その後は「失われた30年」と言われるように、人口減少や少子高齢化の進展とも相俟って、長きにわたり停滞したまま現在に至っています。この間、国際競争力が低下し、国・地方の長期債務残高も累増し続けました。両国を比較すると、日本の存在感が徐々に希薄化する一方で、ドイツはメルケル首相の指導のもと、難民受入れも含め、それなりにうまくやってきたように思われます。

4.脱原発と脱炭素

 今、私が特に関心を抱いているのは、新しく発足する連立政権の形もさることながら、以下の二つの課題に関するドイツの対応です。これらは、いずれもゼロサムゲームやトレードオフの利害対立を孕んでおり、この難しい「連立方程式」にドイツがどう挑んでいくのか、興味津々です。

 一つ目は、ドイツが脱原発と脱炭素の二兎を追おうとしていることです。原発については、福島第一の事故等も踏まえて2022年運転停止を決定しています。また、脱炭素についても、気候変動プログラムに沿って、2038年石炭火力発電全廃をめざしています。日本でも昨年秋に、首相が所信表明演説で「2050年カーボンニュートラルの実現」を宣言し、その後、地域脱炭素ロードマップなども示しているところですが、それを担保する電源構成としては、原発稼働も当然のように織り込んでいます。しかし、ドイツは現状(2020年)においても電源構成比が再生エネ45%、石炭23%、天然ガス16%、原子力11%となっており、今後、さらに脱炭素グリーン投資を進めてトータルの電力確保を図っていく方向です。日本と異なり、大陸の中での電力連携があるので不足分はフランスの原発に依存できるとか、最近完成したロシアからの天然ガスパイプラインノルドストリーム2を抜け道として確保しているという指摘もありますが、今でも電力は供給超過で輸出しているくらいであり、さらに、リサイクルやEV革命などを強力に進めています。日本でも、最近洋上風力発電への取組が本格化しつつありますが、先行するドイツの今後の展開が大いに参考になるものと思います。

5.地方分権と財源確保

 二つ目は、地方分権とそのための財源確保です。ご承知のように、日本の自治体は昔から三割自治と言われ、財源の多くを国に依存しています。90年代以降、地方分権推進委員会の議論を踏まえ、権限移譲等が一定程度進んだのは事実ですが、財源については税源の偏在という問題もあってあまり進展が見られなかったばかりか、三位一体改革で交付税が大幅に削減されるなど、目指していたものとは違う方向の制度見直しがなされました。ふるさと納税など新しい仕組みもできたとはいえ、これはむしろ返礼品競争を惹き起こしたり、富裕層の節税や財テクに使われたりするなど弊害も目立ちます。

 一方、ドイツはそもそも連邦制でベルリンやハンブルクも含めた16連邦州が半ば独立国家のような権限を有しており、アメリカとともに中央集権の対極にあると言われています。財源についても、共同税の配分などに加えて、州間調整制度という水平調整で均霑化が図られてきました。つまり、州同士の助け合いで調整がなされていたわけです。ところが、やはり富裕な州からの不満が多く、最近の制度改革で狭義の州間財政調整がなくなり、2020 年以降は、売上税の各州への配分のみを通じて財政調整が行われることになったと伝えられています。水平調整という仕組みは、日本の自治体でも注目されていただけに、やや残念なことです。

6.国を越えた財政や税源調整のしくみ

 しかし、ドイツの場合、国内に限らずEU全体にも目を向ける必要があります。EUは、通貨や金融政策の統合を成し遂げましたが、財政については統合されず、各国が責任をもつ形を維持しています。その例外として、2009年のギリシャ危機ではドイツなど富裕国からは反対の声が上がったものの、最終的には緊縮策を講ずることを条件にEUとしての支援がなされました。さらに、今般のコロナ危機に関しては、昨年7月の首脳会議で7500億ユーロの復興基金を創設することが合意され、今年7月上旬、「欧州復興債」が発行されました。これは、EUが借金して加盟国に配分する仕組みで、財政統合に向けた一歩とも考えられます。このように、ドイツは様々な課題を抱えながらも、国の内外で、より望ましい財政調整の仕組みの追求に取り組んでいます。

 現在、世界全体で、コロナ対応により各国の財政が逼迫する中、タックスヘイブンや多国籍企業の課税回避が問題になり、グローバルタックス等の導入が議論されています。また、環境問題についても、11月のCOP26では、排出権取引や炭素税などの「カーボン・プライシング」が主要議題となる見通しです。日本も自国の問題のみに囚われるのではなく、地球規模課題の解決にもっと目を向ける必要があり、その際には、ドイツの先進的な取組を模範例としてよく検討、吟味すべきと改めて実感しています。

 以上、少し長くなりましたが、前座のエッセイはこれくらいにして、次回はいよいよ佐藤孝会長にご登場をお願いします。